長い歴史を持つ日本車4選
一代で終わってしまう車があるのなら、逆に同じ名前で何度も十数回もモデルチェンジされ続ける長い歴史を持つ車もあります。そういった車は売れ行きの良し悪しに関わらず、なかなか生産終了にはなりません。そのメーカーの象徴であり、フラグシップであり、顔であるからです。
特に生産期間が半世紀を超えてくると、知らない方が変な顔をされるほどに知名度が上がってきます。彼らが積み上げてきた歴史とブランドは、もはや社会常識と言っても差し支えないレベルになっています。
トヨタ クラウン
日本における高級車の代名詞とも言える"クラウン"は、今年で15代65年目となります。日本人が求める高級車の姿、在り方を、モデルチェンジ毎にその時代に合わせて反映し続けてきました。7代目のキャッチコピー「いつかはクラウン」が示すように、どの時代でも"憧れの存在"であり続けました。
クラウンは、「海外の技術に頼らない、純粋な国産車を作る」というトヨタの思いから始まりました。1955年1月1日発売の初代クラウンは、1500㏄直4エンジンを搭載し、その出力はたったの48psでまともに上り坂を登れず、耐久性も著しく低い、今のクラウンからは考えられないほどお粗末なものだったそうです。
しかし、その後の"改善"の結果、信頼性、性能、質感において、国産高級車の地位を揺るがぬものとしていきました。
今あるトヨタの信頼はクラウンから始まったのかもしれませんね。
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日産 スカイライン
スカイラインといえば日産を代表する車ですが、実はその出自は"プリンス自動車"という、元々電気自動車を作っていたメーカーにあります。
1957年、1500ccのエンジンを引っ提げて現れたこの車は、同格のクラウンと比較して60psという高出力を誇っていました。その2年後、1900cc80馬力のエンジンを搭載したモデルを発売、"グロリア"と名付けられました。
1964年、第二回日本グランプリでたった一周とはいえポルシェを先導し、そこから"スカイライン伝説"は始まります。
1970年には日本伝説のスポーツカー、"スカイラインGTーR"を発売、スポーツセダンとしての地位を高めていきました。
その後もスポーツセダンとして成長を続ける…と思いきゃ、大きくして高級路線をとる、人気が出なかったので小さくしてGT-Rを復活させる、また大きくするなど迷走を繰り返しました。
しかしその迷走の中に退化はなかったと、私は思います。
三菱 デリカ
今でこそクロカン要素強めの三菱のミニバンというイメージのデリカ(デリカD:5)ですが、その始まりは1968年発売の0.6tトラック"デリカ"にあります。このトラック"デリカ"の系譜は、現在のデリカバンに受け継がれていくことになります。
ミニバンの系譜は1969年登場の"デリカコーチ"から始まります。ただしこの頃のデリカはまだ非力で、今のパワフルさは見られず、容姿もどことなしかハイエースを連想させるようなものでした。
クロカン要素が出てきたのは2代目デリカ(デリカスターワゴン)からで、このモデルから"シャモニー"が登場します。
4代目のスペースギアでは、パジェロをベースに使うことで悪路走破性を強化、エンジンも3000ccV6を搭載し、今のイメージ通りのパワフルなクロカンミニバンとなります。
現行モデルであるD:5は三菱で最も売れてる普通車であり、三菱の顔でもあります。
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スズキ ジムニー
今年で50年目を迎える軽オフロードです。この車の前で「モデルチェンジ前と全然変わってない」は最早誉め言葉、未だにラダーフレームと車軸懸架式の足回りに拘り続ける稀有な車です。このキープコンセプトに徹底することが彼が人気であり続ける理由なのでしょう。
小さいながらも50年に渡って鍛え上げられたボディのタフさは半端なものではなく、浅瀬は走れて当たり前、獣道、山肌は朝飯前、挙句崖も登る、転落しても軽整備で走ると言われています。ジムニー乗りの間では、"横転と10万キロは慣らし終わり"とされているそうです。
去年発売の4代目は、売れすぎて納車2年待ち、いきなりプレミアが付くなど、スズキの悲鳴が上がるほどの圧倒的な売れ行きを見せています。